東京高等裁判所 昭和34年(く)68号 決定 1960年5月24日
少年 M(昭一五・九・一四生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の理由は抗告申立人提出の抗告申立書並びに附添人弁護士小西竹次郎提出の抗告趣意書記載のとおりであつて、要するに、原決定には審理不尽に基く重大な事実の誤認があり、かつその処分は著しく不当であるからこれが取り消しを求めるため本件抗告に及ぶというにある。よつて、本件記録(東京家庭裁判所昭和三十四年少年第一〇九八号恐喝保護事件記録及び同年少第一〇五一〇号暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件記録)を精査検討し、先ず原決定第一の恐喝の事実につき按ずるに、被害者B及びCの司法警察員に対する各供述調書及びT並びに少年の司法警察員に対する各供述調書を綜合すれば原決定第一記載の恐喝の事実は優にこれを認めることができ、抗告人及び附添人主張の事実を参酌しても原決定に審理不尽乃至事実誤認の疑はなく、次に原決定第二の暴力行為等処罰に関する法律違反の事実につき按ずるに、少年の司法警察員に対する弁解録取書及び司法警察員並びに検察官に対する各供述調書及び被害者Dの司法警察員に対する各供述調書を綜合すれば少年がS外数名の者と共にDに対し原決定記載のごとき言辞を弄して同人を脅迫した事実を認めるに十分であつて、たとえ少年が本件犯行場所である○風荘内N方居室に赴くに至つた事情が附添人所論のごとくであり、また被害者Dが同所に来合せたのは全く偶然のことであつたとしても、少年の罪責には何らの消長はなく、(金員喝取の点については本少年に対しては原決定の認定しないところである。)記録を精査検討しても原決定に事実誤認の疑はなく、審理不尽の点も存しない。次に原審の本少年に対する処遇の点につき審按するに、本件記録並びに少年調査記録を仔細に検討し、少年の生立、前歴、性行、本件犯行の動機態様罪質、被害の程度、犯罪後の情状その他家庭環境等記録に現われた一切の事情を考慮するならば、原決定の示すとおり、本少年はその性格、環境の面よりみるも、その在宅保護は至難と認められ、むしろ適当な保護施設に収容し、矯正教育を施して少年の保護育成につとめ、健全な社会人として復帰せしめるのが相当と考えられるので、これと同旨に出た原決定の措置は相当といわなければならない。したがつて、原決定は相当であつてこれに対する本件抗告はその理由がないから、少年法第三十三条第一項に則りこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 坂井改造 判事 山本長次 判事 荒川省三)
別紙一 抗告申立書
少年M
右に対する昭和三十四年少第一〇、五一〇号暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件につき昭和三十四年七月十日東京家庭裁判所において中等少年院送致決定の言渡がありましたが右決定は左記の理由で不服がありますので抗告の申立をいたします。
昭和三十四年七月 日
本籍 長崎県○○○郡○○村○○○○
住所 東京都○○区○○町○○○○
少年との関係 少年の法定代理人
申立人 F
東京高等裁判所 御中
記
一、本件取調は少年の弁解を尽さず取調不充分で少年の非行として挙げられた事実には重大な誤認がある。
二、本件処分につき保護者の意見陳述の機会を与えず、その決定は少年の保護矯正上適切ならず著しく不当である。
保護者は少年を本籍地長崎県に帰住せしめて環境の調整を図る用意がある。以上
別紙二 抗告趣意書
少年
右の者に対する恐喝並びに暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件につき昭和三十四年七月十日東京家裁庭判所のした決定に対しその法定代理人Fから、昭和三十四年七月二十日申立てた抗告の趣旨を左記の通り補充して解明します。
昭和三十四年七月二十四日
右附添人弁護士 小西竹次郎
東京高等裁判所 御中
(東京家庭裁判所経由)
趣意
本件審判はその日正午前僅か、四、五分の間に行われ関係者の弁解及び意見開陳の暇なく充分な納得を得られないままに決定の言渡を見たものでこれは少年審判規則の要請に違反すると思われる。
依つて次の諸点につき事実を取り調べの上原決定を取り消し事件の差戻し等により理解ある決定を見るようされたい。
第一、少年の非行として挙げられた事実には重大な誤認がある。理解と意志力に不充分な少年として検察当局の取調に対し兎角恐怖と迎合に陥り易いことを思えば少年の審判に当つては改めて親切に事実の取調をなし、本人の納得する根拠に立つて処分を決定するのでなければその処分に不満を持ち続けて折角の保護も、性格の矯正を完うすることは出来ない、却つてその措置をうらみ自暴自棄に陥ること無しとしない。
一 件記録に徴すれば
一、暴力行為等処罰に関する法律違反
二、恐喝
の二つの事案につき、一応の弁解なり供述をしていることが認められる、その他の者の供述とも照し合せ、一の事実については、少年が○風荘を訪ずれることになつたのはSがNに預けた腕時計の質札を取り戻すためで、偶々遅れて落ち合つたMも同乗して同行したに過ぎない、被害者Bが同所を訪ずれたことも全く偶然で、少年らがここに来た目的からもこのBにNの行先を質すことになつたのは当然で、それが行きがかり上度を越したのである。SがBの定期入れを調べ金を取つたときM少年は別室にいたことはその後にMが入つて来たことをSも言つているし、M本人も地検で金を取り上げた点は全然知りません最初から恐喝する相談があつたものでもありませんと供述している、要するに事は偶発的で共謀の事実なく脅迫についても各段階の総てについて少年の責任を問うかについて納得を得られないものがあるのである、これらの連帯関係につき更に詳密な事実の調査を願い、法的関係を照示して本人並びに保護者の理解を承服の下に必要な保護を与えることが法の精神であると思う。二の事実についても少年Mの真意は親しき仲のTに借金を申込む気持からに過ぎず、その余はTの必要乃至恣意に利用されたものであるMはTから二千五百円を借用したものと心得、たとえMの名を以てTの言を通じ相手に何等かの影響を与えたとしても、これはM少年の関知しないところで相手に恐怖を与えてまで金策を依頼したわけではなく、又その本意とするところではない、もとより予めこれを共謀したとすることに本人は納得しえないものがあるのである、M少年が単に借金を申込んだことを以て一連の犯行の原因動機を与えたものとして主犯視しこれを送検した如きは全く論外である。
第二、本件に対しこれを中等少年院に送致することの決定はその処分が著しく不当であると思われる、なるほどこれまでも非行の前歴を有つものであるが、その殆どが追従で今回の事案も上陳の通り所謂まきぞえと認められるものが多く保護者、教官の熱意に対しても今一度肉親の愛護に委ね又は他の適当な教護施設を選択すべきであり少年院の意図するところは兎も角、少年本人これまでの生活環境に照らしその性情に考え、事実上少年院の収容は適切ならずと憂慮せられる少年の保護者としては、現在の交友と離隔し遠く本籍地長崎県の親戚に託し要すれば、実母親しく附添い養護訓育の実を挙げたく少年本人もこれを希望し再度の過誤を心から悔悟して只管更生を誓つていることであり本人及び保護者の責任心を喚起するためにも願意の採用を願いたい。